2020年1月8日 更新

生きる意味なんてあるのか4

33 view お気に入り 0
人に嫌われるのが、怖かった。

他人に必要とされて初めて、生きてる意味があるんだと思った。

親の、兄弟の、同級生たちの顔色を窺って八方美人で生きてきた。
表では仲良くやっている友達でも、その子の陰口を叩いているクラスのリーダーには同調した。

自分自身に、自信は1mmもなかった。

そんな俺だから、いじめを受けた。

小学校の時は、仲間外れにされたり、街中でひとり置きざりにされたり、服装を毎日嗤われたり。

中学校の時は、アトピーで顔中から膿が出ていて、女の子の集団10人ぐらいに「化け物」と指を指されて毎日嗤われていた。
暴力はなかった(ガタイがよかったせいだろう)が、思春期に毎日嘲笑されるのは(特に、嗤っている集団は某アイドルグループとしてテレビに出るぐらいのかわいい子たちだったので)、本当にしんどかった。

さらに中学校の時、いくつかの事件が起きた。

まず、父親が転職先でリストラに遭い、無職になった。

いばり散らすが豆腐メンタルの父は、不貞腐れて俺が社会人になるまでまったく働かなくなった。
裁判所から住んでいた公団(現UR)の退去命令が来るほど貧乏な上に、一日中キレまくる父親は俺の精神を削り続けた。

次に、いじめられっ子だったが先生には都合のいい「まじめ」な生徒だった俺は、誰もやり手がいない生徒会長にさせられた。
なんと体育教師直々に家に電話が来て、「やれ」と命じれた。

そして全校生徒に存在を知られた中、全クラスに面する校庭での体育の授業中に短パンのケツ部が割け、パンツ(グンゼの真っ白なブリーフである。もちろん前面にクラス、学年、名前が書いてある。)が見えた状態で強制的に体育の授業を受けさせられた(もちろん見学を申し出たがこれまた「やれ」と命じられた)。

俺を嘲笑する人数は女子10人から全校生徒700人に増えた。

最後に、生徒会室に右翼団体の会長の息子のヤンキーが「イライラしてた」という理由でいきなり殴り込みに来た。
会員を守って戦ったが、机の角でボコボコにされた揚句、ビビった教師たちからは全て俺のせいにされ、教師の面前でヤンキーに詫びを入れさせられた。

俺は大人がまるで信じられなくなり、同世代が怖くなり、否定しかされなくなり、なんのために生きているのかよくわからなくなった。

それでも俺が生きたのは。

自殺する「勇気」がなかったから。

そして、父から母を守る役目があるからだった。


つづく。
 (160)

関連する記事 こんな記事も人気です♪

この記事のキュレーター

井上貴元 井上貴元

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く