2019年12月20日 更新

生きる意味なんてあるのか3

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子供のころから、俺は太っていた。

小学校高学年のときは1年で10kgずつ太り、小6で142cm、72kgあった。
なぜか。

俺が大食いをすると、もう既に崩壊していた家族が、一時的に団らんのような空気になるからだ。

戦中、戦後すぐの生まれである両親はいわゆる欠食児童で、父は満州からの「引き揚げ」中に栄養失調で片耳の聴覚を永遠に失っている。子供が多く食べると素直に喜んだ。

そして、バカを装うことで、家族の一時的な笑顔を引き出す。
それが弱い俺にできる唯一のことだと思っていたからでもあった。

小4の頃になると、俺は母から父についての愚痴や相談を聞く係になっていた。兄と弟は我関せずの態度を貫いたため(彼らは俺よりも皮肉ではなく賢かったのだ)、必然的に俺がその役割を担うことになった。

10歳の子供が、実の母親から離婚の相談を聞く。

傍から見れば異常な光景だったのだろうが、俺にとってはこれが「普通」だった。

余談だが、この時の経験が心底沁みついたのだろう、後年、俺はどこに行っても相談をされる「相談体質」へと成長していく。

アメリカのセラピスト、クリッツバーグの言う「アダルトチルドレンの6つの役割」のうち、俺は家族を笑わせる「クラン(道化師)」であり、母の悩みを聞く「プラケーター(慰み役)」であり、共働きで夜まで常に不在の両親に変わり弟の面倒を見る「イネイブラー(支え役)」でもあったのだと思う。
(参考文献『アダルトチルドレンの6つの役割』特定非営利法人日本トラウマ・サイバーズ・ユニオンHP)
https://www.just.or.jp/?terminology=000877

外でも俺は気弱な道化師のままだった。
そして、小5から中3まで、俺はいじめの格好の的となった。


つづく。
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この記事のキュレーター

井上貴元 井上貴元

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