若者メンタルサポート協会 理事長 岡田沙織

 

 

最初で最後の幸せな誕生日を過ごした4歳のある夜、大きな音で目が覚め見に行くと、そこには父に殴られた母が、割れた鏡の破片の中で倒れていた。

思えばその夜から、壮絶と言われる波乱な人生が始まりました。

両親の離婚・身内のDV・孤独な幼少期・小3でリストカット・いじめ・ドラッグ・自殺未遂・15歳で水商売・暴走族・家出・レイプ・中絶・DV・暴力団・刺青・結婚出産・離婚・うつ病・友人の自殺・生活保護・父親の裏切り・発達障害発覚etc

“いつになったら終わりが来るのだろう”というような波乱続きな人生でしたが、一番孤独を感じ、生きることがツラく苦しくてたまらなかったのは10代の頃。

「あんたなんか産まなきゃよかった」と母に言われる日々の中で、家には居場所がなく、心を開ける友人もなく、現実逃避をしながら居場所を求めて夜の街を彷徨い続けました。

薬物に溺れる自分、ただ死ぬことしか考えられない思考と張り裂けそうに叫ぶ心、誰も信じられない苦しみと誰からも必要とされない孤独感から毎日ただ死ぬことだけを望み考えていた10代でした。

そんな16歳の時、よく聴いていたのがXのWEEK ENDという曲。

『手首を流れる血をお前の身体に絡みつけると・・・』そんな歌詞がまるで自分の気持ちを歌っているようで、手首にカミソリを当て、Xを聴いて一人泣いていたものでした。

それまでポップスがメインでバンドブームはあってもそんな心の闇を歌う音楽はなかなか無くて、破滅的な歌詞と音が、その時の私の心にぴったり寄り添うように、いつも私のそばにいました。

大人になってもXのhideさんは大好きで、鬱を乗り越えた時もそばにあったのはhideさんの曲でした。

『もう一度飛ぼう、自らのジェットで・・・』ピンクスパイダーのその歌詞は鬱から脱却する私の背中を大きく押してくれ、足首にピンクの蜘蛛の刺青を入れ誓ったほど自分を奮い立たせた曲。

そんな風に大人になってもhideさんの曲に励まされながら波乱な人生を乗り越えてきました。

その後、過去の自分と同じように悩み苦しんでいる若者を少しでも笑顔にしたくて、ブログを立ち上げ、そこに自分の生い立ちを赤裸々に綴りながら、心が楽になるメッセージとともにメールアドレスを掲載し、若者の無料相談活動を始めました。

昔の私のように、心の傷をたったひとりで抱え泣いている子をほんの一瞬でも笑顔にすることができたら・・・そんな想いで始めた活動でしたが、ひとり18歳の女の子を養女にし、その後も相談がどんどん増えていき、3年後には協会を設立するまでになりました。

24時間LINE相談を通して若者に寄り添い、抱きしめ、そんな活動をしていたある日、知人の紹介で出会ったのは、音楽業界でずっとお仕事をしてきた小杉さんでした。

音楽業界でマネジメントをしながら、ミュージシャンの繊細なメンタルケアもされてる小杉さんは、私の想いや活動に共感して、「音楽業界を巻き込んで若者の自殺防止活動を広めよう!僕がやりかったことを実現するために岡田さんと会ったんだね」と言ってくださいました。

そしてその小杉さんが真っ先に繋げてくださったのが、hideさんのマネジメントをされていたhideさんの弟である裕士さんでした。

私がずっと大好きで尊敬し聴いてきたhideの弟さんである裕士さんから、活動を応援すると言ってくださった時は、本当に『頑張って生きてきてよかった』と、そう心から思いました。『hideさんが繋いでくれたのかも』とさえ思えた奇跡でした。

中卒でまともな友人もなく、ひどい経験しかしてこなかった私が、今こうしてNPOの代表として講演活動やラジオのパーソナリティなどが出来ているのは、他でもないその“ひどい経験”があったからです。

“あのツラかった過去があるから、今こうして素晴らしい人たちとやりたい活動が出来ている”

まさに私にとって、あの過去たちはギフトであり宝物なのです。

もちろんそんな風に思えるようになるまで何年もかかりましたし、もう一度やれと言われたら絶対イヤですが(笑)、誰も信じられなかった私が信頼できる仲間に囲まれ、素晴らしい人たちに出会い、そしてどこにも居場所がなかった私が、安心して帰れる場所と温かく迎えてくれる家族を手に入れたのです。

頑張って生きてきてよかったと、心から思える人生を今送っているのです。

もちろん今同じように苦しんでいる若者にそれを言ってもすぐには信じられないだろうし、私もそうだったように、そもそも自分が幸せになれるなんてことすら信じられない。

だけど、いつでも死ねる人生の中で、一度でいいから「生きててよかった」とそう思える体験をして欲しいし、それからでも遅くはないでしょと、今死にたいと苦しんでいる子たちには「この私でさえも変われたし幸せになれたんだよ」と私の経験を通して一人でも多く伝えていけたらと思うのです。

どんな環境でも生い立ちでも人生でも、誰でもみんな幸せになれる資格があるし、幸せになる価値があるということ。

そしてそのツラい間は寄りかかっていいんだよと伝えるために、私の使命が動き出した時、奇跡が起きて小杉さんと出会い、hideさんに繋がりました。

生前hideさんは多くのメッセージを私たちに届けてくれましたが、今の若い世代にもそれを伝えることができたら、そしていつの時代も音楽によって救われる人たちは沢山いるということを、音楽を通して発信できたらと思うのです。

昔の私のように、今ひとりで泣いている子が、「ひとりぼっちじゃないんだ」と安心して、ほんの少しでも笑顔になる時間が増えるよう、tell me.linkからも伝えていけたらと思います。